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悠閑雲さんへ

 投稿者:たかぎ  投稿日:2009年 6月11日(木)20時36分22秒
  いやいや、大変失礼しました。補足をいただき感謝です。
「禍福」はかなり前にみたので記憶もあいまいだったのでカンチガイしてすみません。
あのヘンは前に職場がありまして、でしてしょっちゅうおりました。
泰明小学校は復興小学校の典型的なドイツ表現主義的な建築でして、川島雄三「新東京行進曲」でもこの小学校が舞台になっており、また朝日新聞と思しき新聞社も出てきて銀座の名所映画といったあじわいです。
「銀座新地図」以外はいずれも見ている作品なのにとっさにシーンが浮かばない〜3歩歩くと忘れるトリアタマ・・まあ建築に注目して映画を観るようになったのはここ2年ぐらいなので、たぶんスルーしてるのだと。数寄屋橋付近、山下橋付近に注目しながら再見してみたいですね。
大好きな上原謙がかっこいい「男の意気」も、日本橋あたりの川の水運がいかに東京の産業の血脈だったかがわかりますね。川と東京の風景、しみじみいいなあ。先週、東京の建築を探索するガイドがつく「open! architecture 建築のまち・東京を開放する」のイベントのいくつかにいってきたのですが、日本橋あたりにある元繊維問屋さんの建物を見てきました。東京は水の街、ということをまざまざと感じました〜
 

ロケ地山下橋補記

 投稿者:悠閑雲  投稿日:2009年 6月 7日(日)20時46分18秒
編集済
  いつも有難うございます。

前回の「禍福」のロケ地に関して当方のカキコが説明不足だったようで、少し補記させていただきます。
「禍福」(1937年)のロケ地レンガアーチの高架鉄道沿いの外濠川は、銀座ナインの方ではなく、現在の高速道路下の銀座コリドー街になっている場所ですね。入江たか子と逢初夢子が渡っていた山下橋は、帝国ホテルと日生劇場の間の道、みゆき通りにあるガード下(新幹線下と高速道路下当り)に架かっていた橋で、渡るとすぐに、店主さんもお気に入りであろうと思われる、レトロな泰明小学校前に出ます。

山下橋から数寄屋橋方面を眺める水辺の風景はよくロケ撮影されていますね。数寄屋橋越しにかってのランドマーク、日劇や朝日新聞社(現有楽町マリオン)を眺望する景観は素晴らしいものがありました。
私が見た映画の中の山下橋シーンには、逢初夢子がよく登場しています。「娘の逆襲」(1947年)では三浦光子と仲直りするよう大坂志郎に話する逢初夢子の橋上場面。「銀座新地図」(1948年)では刑事役の笠智衆が逢初夢子と並んで橋を渡るシーン。「隣りの八重ちゃん」も、この頃は和服姿で粋筋の婀娜っぽい役柄が似合う女優さんという感じになっていますね。

戦前作品「男性対女性」(1936年)でも洋装の田中絹代が山下橋の橋灯下で佇み、数寄屋橋の水景を眺めやる詩情豊かな映像シーンがありました。
三作品の背景には数寄屋橋・日劇・朝日新聞社・泰明小学校などが垣間見えています。
 

もろもろおへんじ

 投稿者:たかぎ  投稿日:2009年 6月 3日(水)21時13分24秒
編集済
  えーと、またもやお返事おそくてごめんなさい。
先週金曜より日曜まで広島への旅に出、そして今週は怒涛の平日。毎日残業〜はたらく女。
でも、広島行きはとっても充実〜
平和記念資料館は3時間半かけて見ましたし(なんと日本映画社の原爆記録フィルムに関する特別展があり!がっつり観たです。展示のフィルムのVTRをぜーんぶみたかったけど時間が足りない足りない!)被爆建物めぐりをぐるぐると、そして江田島&呉で旧海軍と戦艦大和、そしてこうの史代「この世界の片隅で」の痕跡をたどり、そして本命エレカシのライブもすばらしく(新アルバムツアー中1回は小さい小屋でみたいから遠征)、エレカシ乙女たちとお好み焼き食べたり、広島電鉄の方のご案内で被爆電車含めいろんな国や日本各地から来た路面電車(広電は用済みになったいろんな土地の路面電車のリサイクルをしておるのです)を見せてもらったり(てっちゃんの気持ちがわかる!)、1泊めはひとりだったのでニッポン居酒屋紀行(C太田和彦)をしゃれこんだら、地元のすてきなキャリアウーマンのおばさまと広島お酒どころならではのお酒談義で意気投合、てんこもりツアーでございました。
てなわけでお返事です。

>河田津崎さん
男の友情を描く多い題材がどうしても多くなる河原崎長十郎&中村翫右衛門コンビの映画ですが、確かに演出的にどうかするとホモすれすれな感じもあるかもしれません〜。
山中貞雄はだれがなんといおうといずれも傑作ですから躊躇することなくラピュタに向かうべしです。

>悠閑雲さん

「禍福」、見直してみたいですね。この映画けっこうすき。今は銀座ナインがあるあたりですね。銀座の昔は今とはちがって川と橋がとても美しく、江戸の名残を残しながら、近代の色が彩られていった過程は面白いですね。
成瀬映画は「河と女」というテーマがあるかのように、映画の中に東京の主要な河や橋と登場人物とその生活風景が絡んで出てきます。ちょっと思い出しただけでも「噂の娘」の隅田川と新旧対照的な姉妹のたたずまいも、これまたすばらしいものがありました。
丸の内もいろいろと動きがあります。昔一丁ロンドンといわれたこの街に思いをはせる意味で「三菱一号館」の復元は意義があるかもしれませんね。レンガは昔のものを再現していると「東京人」かなにかで読みました。
「レトロ建築お散歩写真」はげましのお言葉をありがとうございます。
いずれ復活めざしたいと。
 

レトロ建築

 投稿者:悠閑雲  投稿日:2009年 5月30日(土)16時46分19秒
編集済
  映画の中のレトロな建築サイト構築、近い将来実現するとイイですね。
建築単体だけでなく、レトロな街並みや、かっての水の都の雰囲気を楽しめる景観のコンテンツも構想の中に加えていただいて、是非ともお願いしたいですね。

今月CSで放映していた成瀬監督の戦前作品「禍福」の中で、印象深い水辺のシーンがありましたね。
鉄道高架線(有楽町〜新橋間)のレトロなレンガアーチの壁、その連続アーチを映す外濠川の水景。それを背景にして、和装と洋装の優雅な美女が二人(入江たか子と逢初夢子)、話をしながら山下橋を渡って銀座方面へ歩いていく。モダンでハイセンス、まさに絵になる風景ですね。カラー映像でないのがナントも惜しまれます。
今は川も埋め立てられ、レンガアーチ壁も隠蔽され、高速道路とその下のグルメ街に大きく変貌してしまい、現地でそのシーンを追想することさえ困難な様相ですが。

先日近くを通った際、復元された「三菱一号館」を街路からチョットだけ望見しました。巨大なノッポビル群に囲まれているためか、原寸復元なのに矮小化した建築模型のような印象を受けましたが、いずれ美術館としてOPENするようなので、あらためてじっくり見てみようかなと思っています。
東京駅も戦前のドーム屋根に復元されるとのこと、これも楽しみですね。
第二東京タワー(スカイツリー)も地上に姿を見せ始めたようで、CGでなくリアルタイムで現代のバベルの塔建造プロセスを見ることができるのも楽しみです。

店主さんの「レトロ建築お散歩写真」続編も楽しみにしております。
 

大日向村・異聞

 投稿者:河田津崎清潤三郎  投稿日:2009年 5月26日(火)22時58分24秒
  いつも暖かいお返事をありがとうございます。しかし彼らに騙されてはいけません(笑)!

『大日向村』の最大の見どころは、村の人口が全体の収入に比べてあまりに多いことを論じたあと、

「私には考えがあります」
「いや私にも」

と、河原崎長十郎と中村翫右衛門の新旧村長が見つめ合う場面。そのシーン、じつに5分ほど。しまいにそのふたり、熱いキスを交わすのではないかとヒヤヒヤしましたよ。

ところで大日向村について、ひとまずネット上で調べようとしたところ、

第14回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『大日向開拓物語−「満州」そして軽井沢』
(制作:長野放送)

というものにぶつかりました。「これは!」と思い何とかそれを取り寄せようと当該ホームページを見ていると「義家竜彦ディレクターのコメント」というのがありました。

“聞き取り調査をしている大日向地区の住民は、「普段は笑顔の、身近なおじいちゃん、おばあちゃんが、こんなにも苦労していたことを初めて知った。敬意さえ感じる」と語っていましたが、私たちも同じ気持ちです”

……って、小学生の作文か(笑)。いったいこのディレクターとやらは『大日向村』を観ているのだろうか?

「企画意図」のところには、

“戦前の日本が国策として進めた「満州開拓移民」で、国によって先導的な役割を担わされた小さな村があった”

とある。「国」のせいにするのは、すごく楽だよな。そもそも「国」って、誰? まさか日本共産党による満洲移民政策には触れられないだろうし。地方のテレビ局の哀しさを感じましたね。

ところで前進座といえば、もうすぐラピュタ阿佐ヶ谷ではじまる山中貞雄の映画って、ほんとうに傑作なのか? 誰かがそう言っているからみんなそう思っているだけじゃないのか。ああ、日参してしまいそう。
 

もろもろおへんじ

 投稿者:たかぎ  投稿日:2009年 5月25日(月)22時32分5秒
  先週はなにしろエレカシ東京公演2DAYS、翌日も散歩&映画、その翌日も映画、ってんで、忙しくすごしておりごめんなさい、いつもあやまってばかりですみません〜お返事遅くなりました。

>河田津崎さん
「大日向村」見所紹介をありがとうございます。以前この映画みたときは「こりゃあ満州いくたくなるよな」と思いましたもん。

>悠閑雲さん
昨日やっと番宣鑑賞。いやあこれから一年ほんと楽しみです。佐藤利明さん(実は古くからの知り合いですー)が見所ポイントをわかりやすくそしてマニアックに語っていたのがよいですね。番匠監督がこんなモダンでハイスピード、ハイセンスな持ち主だということはぜんぜん知りませんでした。あまり語られないという状況でもありましたし。わたしもほんの数本みたぐらいですから・・あの佐藤さんの扱い振りは、日活の中平康に匹敵するぐらいのおしゃれ映画、って感じじゃないですかね?(実際みてから評価を下したいですが。)
「橋」や「渦」の橋の解説も、建築&東京レトロ散歩好きとしては垂涎もの。しかし、「妻」と同じ橋とは発見ですね。わたし気がつきませんでした。
番匠監督の作品はロケ地をそれとわかるように出すということなので、これは1年昭和の風景がいろいろ堪能できそうで、もう楽しみです。
あげられてた川本さんの本は映画の楽しみを2倍にも3倍にもしてくれますね。しかし「映画の昭和雑貨店」の引き出しはスゴイですね。ジャンルごとにあの映画、この映画ってよくリストアップできるものだと感心してしまいます。
戦前建築マニアとしては、映画に出てくる建築をリストアップしてみたい、と夢想することがあります。しかし、いやー今のサイトも満足に更新できてないのに、夢またの夢ですねえ。
 

ロケ地について

 投稿者:悠閑雲  投稿日:2009年 5月19日(火)20時22分27秒
編集済
  CSで番匠監督の全作品が一年がかりで放映されますね。これで待望していた未見の花嫁シリーズ作品や三羽烏作品などの視聴・録画保存が可能となり、今後の楽しみとなりました。

今月は初期の三作品と共に、番宣「番匠義彰監督を語る」を視聴しました。その中で見所の一つとして昭和30年代の東京風景が取り上げられていました。

番匠監督「渦」という作品で、岡田茉莉子と岩下志麻が立ち話をしている橋上シーンがあります。この橋は成瀬監督作品「妻」の中に登場する橋、昼休みに銀座方面に向おうとしている上原謙に丹阿弥谷津子が声を掛ける場面の橋と同一ではなかろうかと思っていましたが、場所がハッキリと特定できずにいました。
「番匠義彰監督を語る」の中で、「渦」の橋が今は埋め立てられ高速道路化した京橋川に架かっていた炭屋橋であると紹介されていました。皆さんお馴染みのNFCのすぐ近く、シネラマなどを上映していた有名な京橋テアトル東京(現ホテル西洋銀座、ル・テアトル銀座)の東側にかってあった橋です。

そこであらためて二作品の橋シーンを比較してみました。高欄のデザインが酷似していること、橋の型式が似ていること、橋詰近くのビルの外観が似ていることなどから推して、「妻」の橋シーンのロケ地も同じ炭屋橋と思われます。
ただ「渦」の二人は銀座側から京橋三丁目方面へ、「妻」の二人は逆に京橋側から銀座方面へ橋を渡って行こうとしているところが異なりますが。

この番宣の中で番匠監督作品「橋」の冒頭、クレジットタイトルの背景となっている築地界隈についても紹介されています。勝鬨橋を渡った路線バスが、三吉橋(現存するY字型橋)〜中央区役所旧庁舎前〜アジの天日干しされている長閑な築地川沿道〜暁橋〜聖路加国際病院前〜明石町のバス停というコースを走る風景がロケ撮影されています(ちなみにこのバス路線コースは、地図で辿ると??なコースなので、実際の路線ではなくおそらく映画撮影用コースと思われます)。

三吉橋や暁橋の下にはまだ築地川が流れており、その水辺の風景は非常に美しく興味深いものがあります。尖塔のある聖路加国際病院と暁橋が築地川の水面に反映しているロケ映像はホント絶景です。もう二度と見ることができない水景です。
同じアングルの古写真が「1960年代の東京ー路面電車が走る水の都の記憶」という本の表紙(カバー表紙ではなく)となっています。そこには成瀬・川島監督作品「夜の流れ」で三橋達也と別れた傷心の司葉子が渡っていく境橋(堺橋)もバッチリ写っていますね。

追記 上記本の表紙古写真は下記サイトをご覧下さい。
  ↓
http://showa.mainichi.jp/ikeda1960/2008/05/ik124130.html

川本三郎著「銀幕の東京」を読んで以来、CSで古い日本映画を見ていて、今は失われてしまった東京風景、ことに水のある風景の貴重映像を見つけて堪能し、録画を繰り返し見ながらその場所を特定するのが楽しみとなっています。
店主さんのサイトコンテンツ、裁縫箱でも紹介されている同じ著者の「映画の昭和雑貨店」(全五冊)もよく眺めています。テーマごとのエッセーも卓抜で面白いし、たくさん掲載されている鮮明なスチール写真がこれまた実にイイ。この本にリストアップされている作品を出来るだけ多くCSで見れればいいなぁと思っております。
 

おーおー満洲、大日向村

 投稿者:河田津崎清潤三郎  投稿日:2009年 5月16日(土)12時46分34秒
  「デジタル修復版」というからには、そこまでさせないといけません。

ところでフィルムセンターといえば、ちょっと前のチラシにあった『大日向村』の解説部分が変でした。

「財政破綻に瀕した長野県大日向村が、満洲への分村移民政策に応じて、その第一号となる。農民文学作家和田伝が小説に書き、前進座が劇化上演し、さらに映画になる。国策の広告塔として特別に優遇されたので、敗戦時の犠牲は他の村より少なく、彼らが開拓の真の厳しさに直面したのは、戦後浅間山麓に入植した時だった」

って、『大日向村』の製作は1940年ですよ。後半部分はこの映画とまるで関係がない。まったく書いた人の付け足しで、この人はあきらかにこの映画の上映を済まながっている様子。

しかしながら、私の故郷のすぐ近くに「大日向」という地名があって、これがまさに大日向村の人たちが満洲から戻ってきてさらに開拓をしたところ。そこで勇んで観に行くとこれが、共産主義のプロパガンダに日本的な人情劇も絡めた大傑作。

・先遣隊の村長からの手紙「満州の寒さは耐えうるか? はるか北方のシベリアに町あり」
・日露戦で息子を亡くした母親が「私も連れて行っておくれ」と泣き出す
・村長が持ち帰った土を舐めた農民が「肥料をやらずとも、この土」と絶句
・病弱の娘が、自分がいては家族が満洲に行けないだろうと命を絶つ
・「おーおー満洲、大日向村」の大合唱

などなど、名シーン続出。いますぐ満洲に飛びたくなりましたよ。

「前進座が劇化上演し、さらに映画になる」っていうことは、当時この映画を観て満洲へ移民した人も多くいたはず。日本共産党もひどいことをするなあ。

『大日向村』
(84分・35mm・白黒)
原作:和田伝(1940年)
'40(東京発声)(監)豊田四郎(脚)八木隆一郎(撮)小原譲治(美)園眞(音)中川栄三(出)河原崎長十郎、中村翫右衛門、市川菊之助、市川莚司、助高屋助藏、山本健次、橘弘子、三井康子、山本貞子、杉村春子、伊藤智子、原緋紗子
 

もろもろおへんじ

 投稿者:たかぎ  投稿日:2009年 5月15日(金)22時51分1秒
編集済
  お返事遅くてごめんなさい。GW明けは怒涛の仕事が待っていて、現実へのとまどいに5月病っぽいマインドも入りつつ、やたらバタつきにつき。
>太田ナンボさんへ
「アナタハン島の眞相はこれだ!!」はいやー、比嘉和子さんご本人出演作というゴシップ趣味バリバリの映画でしたが、NFCのニュースレターで読んだ当時の酷評のすごいこと。
映画史上最低ぐらいにかかれてたって・・まあ、わかるけど。
「アナタハン」も見てるので、比較して見れたのは面白いかな。けして「アナタハン」もおもしろい映画ではありませんでしたけど。

>まあアナタハン事件自体がもともと絶海の孤島でのサバイバルなんてムードからは程遠い>ものだったらしいことは何となく伝わってきました(笑)。

孤島で食べ物もろくにない飢餓状態であるにもかかわらず比嘉さんがぷっくぷくに太った寸胴体型なのがまず第一の難、男一同ズタボロルックにもかかわらず彼女だけきれいな白いワンピース、しかも何着か着替えもつるっつるなきれいさ(事実としてはアナタハン島には流れ着いたのではなくてそこに住んでたから衣装はあるってこと?)、絶海の孤島、女ならみな女王・・いやコメントは避けておこう。

>「剣劇女優とストリッパー」の方が衝撃でした。
・・・おもむろにカメラは大ロングとなってギャラリーやスタッフまでを取りこんだ風景に切り替わる、なんて映画の解体作業を見ているようで、ゴダールも真っ青という感じです。

あー、ここけっこうこのシーン、いきなりで笑えましたし、スゴイ意外な展開。しかし群集の数スゲー。

「母校の花形」惜しい!パンフには未完とは書いてなかったから、なんか残念でなりませんでした。「秀子の応援団長」ホウフツとさせましたし、松竹蒲田であたった「若旦那」から脇のコメディリリーフを喜劇人で扱ったような、ラグビー青春ものの流れって感じでした。
「罪はいずこに」まさに大都映画〜。母ものだー。どうなる?と思わせてブチッ。確かにあとの筋想像できるけど、でもでもあー続きが観たい。
ちょっと書きもれていましたが千葉泰樹「杉狂の催眠術」、バスで杉狂が先生のお嬢さんに席を譲って途中下車する停留所の道のシーン、杉狂の姿を捉えて並木道へカメラが引いて、時系が飛んでシーンが移るところ、あまりの美しさとあざやかさ、そしてそのせつなさに息をのみました。千葉泰樹の映画は風景から抒情がにじみ出るのですよね。

>悠閑雲さん
「モダン道中 その恋待ったなし」、おっしゃるとおり佐田啓二、高橋貞二コンビの軽妙さが面白いですね。早くになくなってしまったこの2人がもし長生きしていたら・・と切ない思いを抱いてしまうラスト。もしも、の世界はないけれども、願ってしまいますね。

この当時「旅行」シリーズなんか「集金旅行」で当たって味しめた松竹が観光名所をラブコメとからめて映画とっちゃおう、という感じで、「危険旅行」「求人旅行」とっちゃったみたいな。いずれもわたしは洒脱で大好きです。「集金旅行」は、えーこのラスト??って意外な展開でしたけど。「危険旅行」は高橋貞二&有馬稲子の意地っ張りコンビもかわいく、「求人旅行」の桑野みゆき&吉田輝雄のフレッシュカップル&大島ロケもまたよく。当時の観光名所のバーチャルツアーを楽しめますね。
ストーリーはさすがにマンネリズムの「社長シリーズ」も確かに観光映画としてすっごい楽しめるんですよね。
最近、なにやらディスカバージャパンブームで、こないだいった新国立美術館のミュージアムショップでも地方の名デザイン、名産、名建築、名所などのグッズや本があり、本やら雑貨やらスゴイ買っちゃいましたが。やはり地方観光地が気になります。最近は昭和の観光絵葉書本とかも出てますね。

「有りがたうさん」「暁の合唱」感想、ふむふむとうなずきながら読ませていただきました。さりげなく、なにげなく。人は流れるように自然に生き、その中で動物も風景も空気も木々さえも道さえも美しい物語をつくっている。清水宏は天才だと思います。
三羽烏本、わたしも持っています。この本の中で上原謙の業績を息子加山雄三があまり評価をしていないのがスゴイ反発を覚えるのですよね。「オヤジは大根だった」とかいってるんですけど、そんなことゼッタイナイ!と戦前戦後映画両方における上原謙のファンとしてはいえるのですが・・「彼と彼女と少年達」なんてほんと観てみたい。清水宏&桑野通子&上原謙&子供の組み合わせなんてもう最強な映画ではないですか。このフィルムを上原氏持ってたりしてなかったかな・・。と妄想モードすみません。

>河田津崎清潤三郎さん
>扇子を空中でパッとひるがえす、いとも簡単にそれを受け止めることの連続。場内やんやの喝采−−。

ってそんな修復できないでしょー(笑)。そういえば小津の修復っての東大で見たなあ。「東京物語」のセットのバーチャルツアーなんてのもあって、これからほかのシーンも手がけるぞ!みたいな表示があったけど、そのあとぱったりですねえ。このネタで「その夜の妻」の坂本龍一伴奏とかひどいものを観たことを思い出してしまいました。
(無声映画のバンド伴奏としては大友良英さんでやっとよい流れになり少し安心しはしましたが)
 

扇子を落とすことによって日本映画は始まった

 投稿者:河田津崎清潤三郎  投稿日:2009年 5月 9日(土)12時14分3秒
  『紅葉狩』の「日活株式会社から寄贈された版(6分)」によって、

「九代目市川団十郎って、扇子を落としちゃった人でしょー」

との誹りを受けることから免れるため、「大谷信義氏より寄贈された版(4分)」が続いて始まったときには、松竹の面目を懸けてその場面はカットされうまくつながれているものと推測しましたが、やはり映ってしまっていました。

引きつづきプログラムには載っていない「デジタル修復版」が上映されると「今度こそ」の思いは広がりました。最新の技術によって、九代目団十郎が扇子を空中でパッとひるがえす、いとも簡単にそれを受け止めることの連続。場内やんやの喝采−−。ところが、その場面まで修復は進んでいない様子でした。

九代目市川団十郎の名誉を守るため、15兆円の追加経済対策は、すべて『紅葉狩』の修復に当てられることでしょう。ところで、東京大学の構内で見た小津安二郎監督の映画の修復作業は、その後どうなっちゃったんだろう。税金泥棒。
 

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